「平和な世紀を創る工夫を」(朝日)、「原点は清く貧しく夢があった」毎日)、「歴史をすなおに見直したい」(読売)、「靖国の対立を超えて」(中日)、「『敗戦』から何も学び取らない国の悲劇」(日経)など、当日の各紙の社説はいずれも示唆に富んでいます。
この中で、「東京裁判史観にとらわれている人たちは、しばしば、゛日本一国性悪説゛的な自虐史観に陥ってしまっている。」との読売の主張は、前後の論旨を含めてにわかに賛成できません。
東京裁判を受容した日本国政府の立場はそれとしても、この裁判が事後立法による処罰であって正当性を保ち得るのかという根本的な疑問は拭えません。しかしだからといって、先の大戦においてわが国がアジアの国々に多大な犠牲と惨禍をもたらしたことは、いかなる意味でも正当化できません。
歴史をすなおに見つめ真摯な反省を行ってこそ、わが国が「国際社会において名誉ある地位を占めたいと思ふ。」との憲法前文の理念を達成できるものと確信します。
また日経の社説の「われわれはあの敗戦から何を学んだだろうか。」との問いかけは重要です。毎日新聞が、「ここまで豊かになった国が、次の目標を失ってあたかも衰退しているような印象を与えている」と指摘している点も肯けます。 敗戦によりアメリカの経済力と技術力との間の格差を思い知らされた日本は、戦後はひたすら、アメリカに追いつき追い越すことを国家目標として驀進してきました。その過程でわが国伝統の助け合いの精神は失われ、拝金主義の風潮さえ生み出すに至りました。昨今の日本ハムグループやや雪印食品による牛肉偽装問題は、いわゆる一流企業の企業倫理がこの程度であったことを露呈し、まことに残念です。
21世紀の日本の、国家としての機軸は何なのかが問われています。この意味で朝日新聞の社説が、テロの背景にある貧富の差の解消や異なる文明の共存共栄のために日本が担うべき役割は大きいと述べていることに賛同します。
今こそ日本は、過去への反省を踏まえた平和推進力、経済力、技術力、文化や教育を通しての影響力といった「ソフトパワー」を背景として、平和構築に積極的な貢献をするべきではないでしょうか。
私も政治家として、構想力を磨いて行動してまいります。